週1回のオンライン、最後の2日間の対面、そして日々の暮らしの中での実践
「変わらなければ」と思うほど、人は同じところを回り続けます。変わろうとする焦りが、いつもの反応をかえって強めてしまうからです。
変化は、変わろうとすることではなく、気づくことから始まる。私たちはそう考えています。気づいたとき、つい自動的にしてしまう反応とのあいだに余地が生まれ、どうするかを自分で選べるようになります。
禅ゲシュタルトは、坐禅とゲシュタルト療法の実践を一つにしたものです。坐禅という一人の時間から、他者や世界に触れて、また坐ることに還る。その往復を通して、気づきを日常の中に根づかせていきます。
何かを身につけるためではなく、いま自分に何が起きているかに気づいていくための5週間です。
このワークショップで行うこと
坐る
椅子または床に坐り、いちばん楽な姿勢を探します。そして、呼吸、身体の感覚、音、考え、感情など、そのとき自分の中に「現れている」ものに注意を向けます。
考えないように努力する必要はありません。考えていることに気づいたら、再び呼吸や身体に戻ります。呼吸への気づきのほか、身体感覚への気づきや、歩くなどの動きの中での気づきも取り入れます。うまく行うことよりも、いま自分に何が起きているかを観ることを大切にします。
身体に気づく
私たちが何かを考えたり、人と話したりしているとき、身体にも何らかの変化が起きています。緊張して呼吸が浅くなったり、何かを言おうとして喉に力が入ったり、誰かの言葉に胸がざわついたり、安心して肩の力が抜けたりします。こうした微妙な変化は、普段は見過ごされがちです。
この実践では、考えている内容だけでなく、身体に何が起きているかにも注意を向けていきます。何かを感じなければならないわけではありません。「よく分からない」「何も感じない」ということも、そのときの経験としてそのまま観ていきます。
ゲシュタルト療法のプロセスグループ
坐禅と並ぶもう一つの柱が、ゲシュタルト療法のプロセスグループです。これは、テーマについて意見交換したり結論を出したりするディスカッションでも、坐禅の感想を述べる時間でもありません。いま、この場で実際に何が起きているかを観ていくための時間です。
誰かの言葉に興味が湧く、緊張する、距離を取りたくなる、よく分からない感じが出てくる──そうした反応を評価せず、そのまま観察します。
何かを話さなければならない、ということはありません。グループの中で起きていることが、自分の内側にどんな影響をもたらしているのか、そのプロセスを静かに観ていくことも、大切にしています。
坐禅で深めた静けさを、他者との関係の中に置いてみる。禅とゲシュタルトが出会うところに、体験的な気づきが立ち上がります。
「何を話すか」だけでなく、「いま何が起きているか」
話すときには、その内容だけでなく、話しているそのときに自分に何が起きているかにも注意を向けます。身体に何が起きているか、どんな感情が現れているか、といったことです。
ときには、一人の参加者の経験が自然に前面に現れ、そこからゲシュタルトのワークが始まることもあります。ファシリテーターは、その人自身の体験だけでなく、その人と他の参加者とのあいだや、グループ全体で起きていることにも注意を向けながら、必要に応じて働きかけます。
坐禅とプロセスグループの往復
禅ゲシュタルトでは、坐禅とプロセスグループを行き来しながら、一つながりの実践として深めていきます。
坐禅では、一人で自分に起きていることを観ます。その気づきを携えたままプロセスグループに移ると、一人で坐っているときには静かだった身体が、誰かの一言で急に緊張することがあります。人と関わることで、自分では気づかなかった感情が現れたり、それまで言葉にならなかったものが形を持ちはじめたりすることもあります。
そして、人との関わりの中で起きたことを持ち帰って、もう一度坐り、そこでまた自分に何が起きているかを観ます。この往復が、このワークショップの中心です。
5週間の流れ
各回には、その日の実践の入口となるテーマを設けます。ただし、それだけを扱うわけではありません。そのとき自分自身やグループの中で実際に起きていることを大切にするため、予定していたテーマとは異なることが、その日の中心になる場合もあります。
また、前の週に扱ったことは、その週で終わるわけではありません。これまでの気づきを含みながら、注意を向ける範囲を少しずつ広げていきます。
第1週
自分に起きていることに気づく
最初の回では、ワークショップの進め方を確認したあと、坐禅と身体への気づきを行い、プロセスグループに入ります。
まずは「いま、自分には何が起きているだろう」と観てみることから始めます。呼吸、身体の感覚、考え、感情、この場にいることへの期待や緊張、人の話を聞いたときの反応など、良い・悪いと判断する前に、起きていることをそのまま観ていきます。
第2週
身体に現れていることに気づく
第2週では、身体への気づきに焦点を当てます。人と話しているとき、考えているとき、感情が動いたとき、身体にはさまざまな変化が起きています。呼吸、姿勢、緊張、力の入り方、温かさ、重さなどに注意を向け、身体を分析するのではなく、いま身体で何が起きているのかをそのまま確かめていきます。
第3週
人とのあいだで起きていることに気づく
第3週では、人と関わっているときの自分に注意を向けます。人といると、近づきたくなったり距離を取りたくなったり、何か言いたくなったり黙っていたくなったりします。相手に合わせたくなることも、反発したくなることもあるでしょう。そうした反応を良い・悪いと判断せず、人とのあいだで自分に何が起きているのかとして観ていきます。
第4週
いつもの反応と、選択に気づく
私たちは、ある状況になると、いつも似たような反応をすることがあります。すぐに言い返す、黙る、相手に合わせる、自分や相手を責める、考え続ける、といったことです。
それを直そうとする前に、「いま、自分は何をしようとしているのだろう」と観てみます。自分の反応に気づくと、それまで自動的だったものの中に余地が生まれることがあります。そこでいつもと同じことをしてもよいし、違うことを試してみてもかまいません。大切なのは、正しい選択をすることではなく、自分がいま何をしているのか、何を選ぼうとしているのかに気づくことです。
最終週
2日間の対面セッション
最後の2日間は、これまでオンラインで行ってきた実践を、より長い時間をかけて深めます。新しい「第5のテーマ」を学ぶのではなく、4週間の中で自分自身やグループに現れてきたことを持ち寄りながら、坐禅、身体への気づき、プロセスグループを行き来します。
対面では、身体の動き、人との距離、視線、場の雰囲気などを、オンラインよりも直接感じることができます。必要に応じて、坐るだけでなく、立つ、歩くといった動きも取り入れます。何かを完成させるためではなく、5週間の中で起きてきたことを、もう少し丁寧に観ていくための時間です。
日々の実践
このワークショップは、週1回のセッションだけで完結するものではありません。セッションとセッションのあいだの日常生活も、5週間の実践の一部です。
4週間のあいだ、一人で短い坐禅を続けながら、日常の中で起きていることを観ていく実践とジャーナリングをおすすめします。方法と時間の目安は第1週のセッションでお伝えしますが、毎日の実践時間は各自で決めていただけます。ジャーナリングはご自身のための記録で、提出や内容の発表は求めません。
坐禅の時間以外にも、仕事や家事の最中や、誰かと話しているとき、あるいは何かに苛立ったときや誰かの一言が気になったときに、ときどき「いま、自分には何が起きているだろう」と立ち止まってみてください。呼吸、身体の感覚、感情、考え、人との距離、何かをしたくなる感じなどに、そっと注意を向けてみます。
毎日欠かさず行うこと、一定の時間を確保すること、できなかった分を埋め合わせることは、参加の条件ではありません。続けることが負担になった場合は、中止したり、方法を変えたりしてかまいません。宿題としてこなすものではなく、日常の中で自分に起きていることに気づく機会を増やしていくための実践です。
大切にしていること
プロセスグループでは、深い自己開示を求めることはありません。話すかどうか、どこまで話すかは、ご自身で決めてかまいません。
ファシリテーターから何かを提案された場合も、難しいと感じたら断ることができます。また、他の参加者が話した個人的な内容は、グループの外に持ち出さないようお願いします。坐禅やプロセスグループの途中で強い不安や苦痛を感じた場合には、すぐにファシリテーターに伝えてください。一人ひとりが、自分に無理のない範囲で参加することを大切にします。
変化を求めるのではなく、ただ気づいていく
不安があれば、不安をなくそうとする前に、それがどのように現れているかを観ます。怒りがあれば、怒らないようにする前に、その怒りが身体や人との関係の中でどのように起きているかを観ます。分からなければ、無理に答えを作らず、「分からない」という状態にも注意を向けます。いつも同じ反応をしている自分に気づいても、すぐに変えようとはせず、まずそれがどのように起きているのかを観ていきます。
気づいていく中で、これまでとは少し違うことが起きることもあります。そのプロセスを急がずに観察していくことを大切にします。
このワークショップでは、何かを身につけた、問題が解決した、以前より良くなったということだけを成果とは考えていません。これまで気づかなかった身体の感覚に気づいたこと、誰かの言葉への自分の反応が見えたこと、「分からない」という状態のまま、しばらくそこにいられたこと。そうした経験も大切にします。
特別な経験をしようとせず、そのとき自分に何が起きているのか、他者や世界に触れたとき自分に何が起きるのかを観ていく。この5週間で繰り返すのは、そうした実践です。
坐る。
気づく。
他者や世界に触れる。
そして、また自分に還る。